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電気自動車の歴史は古く、初の電気自動車は、最初のガソリンエンジン車(1891年)の5年前に英国で登場した。1899年にガソリン車よりも早く初めて100km/hを突破するなど当初は有望視され、自動車の黎明期には蒸気機関・内燃機関と動力源の覇権を争っていた。ハブにモーターを搭載したインホイールモーターの原型とも言える4輪駆動車を当時ローナー社在籍のフェルディナント・ポルシェが、1900年のパリ万博に出展した。 (1947年 乗用車型)アメリカでも発明王トーマス・エジソンが電気自動車の改良と普及に努めていたが、広大な国土を持つアメリカでは航続距離の短さが克服し難いネックとなり、やがて彼の元で内燃機関を研究していたヘンリー・フォードによるフォードT型の成功により自動車市場は完全に内燃機関自動車に支配され、電気自動車は一旦市場から姿を消す。 再び脚光を浴びるのは先進国でモータリゼーションが進んだ1970年代である。オイルショックによる石油資源依存のエネルギーセキュリティ懸念や、排気ガスによる局地的大気汚染(公害問題の深刻化)の解決策として電気自動車が提案された。日本においては通産省(当時)主導の電気自動車研究開発プロジェクト(通称:大プロ)が実施され、ホンダを除く国内全メーカーが電気自動車を開発した。しかし主に鉛蓄電池を用いたトラック買取 は性能を確保できぬまま、石油確保の政治的解決やガソリン自動車の排気ガス浄化性能の向上に伴い、電気自動車は再び姿を消す。 次に状況が変化するのは1980年代後半、CARB(カリフォルニア大気資源局)のゼロエミッション規制構想時である。これはカリフォルニアで販売する自動車メーカーは一定台数、有害物質を一切排出しない自動車を販売しなければならない、という規制の構想であった。これに対応できるのは電気自動車と考えられた。大プロ時期に比べ、鉛蓄電池からニッケル水素電池と言った技術の進歩もあり、実際にトヨタのRAV4EV、ホンダのEV-PLUS、包茎 のEV1などの限定販売・リースが開始され、電気自動車の本格普及も近いと思われた。しかし鉛蓄電池に比べニッケル水素電池はエネルギー・出力密度に優れてはいたが、それでも電気自動車は充分な性能(航続距離・充電時間・耐久性・車両価格など)を確保できなかった。当時はリチウムイオン電池を採用可能だったのは1997年プレーリージョイEV、1998年ルネッサEV(北米仕様はアルトラEV)、2000年ハイパーミニを発売した日産しかなかった。ハイパーミニはアルミスペースフレームによる超軽量ボディとリチウムイオンバッテリーと意欲作ではあったが、新車価格362万円と高価且つインフラの整備も整わなかったので普及には至らなかった。 これ以降、自動車メーカーの多くは、電気自動車の欠点であるエネルギー密度の問題を解決するため、セミナー の制約が無い燃料電池を搭載した燃料電池自動車の開発に傾注し、2002年の燃料電池自動車、ホンダのFCX、トヨタの FCHVのリース開始に繋がっていく。また、これと並行してトヨタ・ホンダは、エンジンで走行する自動車の利点を生かしつつモーターやバッテリーの特性を利用したハイブリッドカーを開発、1997年のトヨタのプリウスや、1999年のホンダのインサイトの発売につながった。 バッテリーの問題について、脱毛 には変化が見られる。モバイル機器等で使用が当たり前になったリチウムイオン電池を採用することで、性能向上を果たした電気自動車が発表されるようになった。リチウムイオン電池は、ニッケル水素電池より高エネルギー・高出力密度であるとされ、電気自動車の性能改善が見込まれる。充電時間についてはメーカーや研究機関で30分以下で70%の充電を可能にする急速充電技術が開発されている。電池寿命についてはモバイル機器などに使用されているものとは異なり長寿命である。長寿命である要因は質量あたりのエネルギー密度がモバイル用よりも少なく、設計的に余裕があるためである。下記のTesla Motorsの電気自動車では16万キロの電池寿命と発表している。日本では、自家用車の場合20万キロに及ばないうちに廃車になることが多いため交換は必要ないと思われるが、30万キロ以上使うこともある商用車などの用途では途中で交換が必要だといわざるをえない。 充電時間の長い二次電池を使用せず、動力源に絶縁性能を改善したキャパシタを用いた試験では、重量1.5tクラスの車両であれば、100km/hの定速運転で700km以上の航続距離を達成することが既に可能であると報道された[7]。短時間の充放電が可能なキャパシタは回生ブレーキで発生した電力の有効な回収手段としても注目されており、日産ディーゼルが開発中である[8]。 慶應義塾大学のエリーカ慶應義塾大学電気自動車研究室が開発したエリーカでは、既に370km/hの最高速度と4.1秒の0-100km/h加速が達成されており、内燃機関車両に比粗大ゴミ な駆動系で高い動力性能が引き出せることを実証した。 米国では、有名IT企業家(Googleの共同創始者のSergey Brin氏・Larry Page氏など)も出資している電気自動車ベンチャーであるTesla Motors[3]により、0-60mph (0-96km/h) 加速約4秒、最高速度130mph (208km/h) 以上、航続距離250mile (400km) を達成したスポーツカータイプの電気自動車が発表されている。電池寿命は10万マイル(16万km)は動力性能を維持出来るとしている[9]。 1990年代以降の電気自動車の性能の向上(および量産ハイブリッドカーの登場)には、電源であるバッテリの性能向上のほかにも、電気エネルギーの使用効率を高められるインバータによる可変電圧可変周波数制御といった、パワーエレクトロニクスの発達による要素も大きい。 従来電気自動車は、パワー・航続距離が不足しているため、短距離を走るシティコミュータなどが使用法として考えられてきたが、上記のような性能の車が発表されたことから、以前のものと比べ高性能な電気自動車を作れる可能性が出たため、再び電気自動車を見直す動きが見られ、開発を宣言する自動車メーカー(富士重工業・三菱自動車工業など)も現れている。 トヨタはハイブリッドカーの監視カメラ を大幅に大容量化し、外部からの充電を可能とするプラグインハイブリッドを開発中である。 2007年のデトロイトオートショーで、電気自動車に近い構造を持つコンセプトカーが展示された[10]。電気自動車の構造に発電用内燃機関エンジンを組み合わせたシリーズハイブリッド方式のものである。 シリーズハイブリッドは「自動車を電池で走らせるにはコスト・重量的に問題があるため、別動力(内燃機関)で発電し、航続距離を確保する」という発想、プラグインハイブリッドは「(内燃機関と電池を使う)ハイブリッドカーに、一定距離の間EVとして走行可能な機能を付与」という発想のもので、現在市販されているハイブリッドカーとは若干コンセプトが異なる。